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【世紀の難工事】黒部ダムへ向かう関電トンネル電気バスに乗る

 北アルプス立山連峰後立山連峰に挟まれた黒部渓谷。

ここに日本で最大級のダム、黒部ダムがあります。

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堤体の高さは186mで日本一,総貯水量は2億トンで東京ドーム160杯分にもなる巨大なダムです。

黒部ダムは前述の通り北アルプスのど真ん中、非常に険しい山の中にあります。こんなところにどのようにして巨大なダムを建設したのか。

その鍵になるのが今回バスに乗って通る関電トンネルです。

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 それではバスに乗る前に、まずは黒部ダムと関電トンネルの歴史について少しだけ話をさせてください。

黒部ダムの建設

黒部ダムの建設計画が持ち上がったのは、戦後まもない復興期。当時の関西地域は、高度経済成長に向かう真っ只中で電力不足に悩まされていました。工場では週2日、一般家庭では週3日休電日が設けられ、停電も相次ぐようになりました。

 このままではいかんということで、関西電力は巨大な発電用ダムの建設を計画します。その候補地が黒部でした。そう、黒部ダムは発電専用のダムなのです。

※ちなみに黒部ダムがあるのは富山県北陸電力の事業地域ですが、建設や管理は関西電力が行っており、発電された電力も関西地域へ送電されています。

 黒部が候補に上がったのは今回が初めてではありませんでした。大正時代からその豊富な水量において水力発電用のダムに適した場所だとは知られていましたが、非常に厳しい地形や地域住民の反対によって何度か立ち消えになった過去があります。

 

しかし、このままの電力供給能力では関西の経済は破綻するとし、関西電力は当時の自社の資本金の3倍もの巨額を投じて、黒部ダムの建設に挑むのでした。

 

関電トンネル(大町トンネル)の建設

黒部ダムがある黒部渓谷は非常に険しい山岳地帯に有り、冬季は日本有数の豪雪地帯として雪に阻まれる、そもそもたどり着くことさえ難しいような秘境でした。工事用の資材を運ぶのにあまりにも不都合な場所だったのです。

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フリー素材ぱくたそ(www.pakutaso.com)photo by クマキチさん

そこで関西電力は、ならばその邪魔な山をぶち抜いてトンネルを作りそこから資材を運び入れよう、と大胆な計画を建てます。

 

ところが実際にやってみると、後ほど紹介する「破砕帯」にあたり、予想以上の出水に工事は難航。一時はトンネル工事の中止――それはつまり黒部ダムの建設工事の中止を意味しますが――まで検討されました。努力の末なんとか開通させたものの、わずか80mの区間を開通させるのに7ヶ月もの月日を消費することになりました。

最終的には全長5.6kmを1年半ほどかけて開通させることになりました。工期の1/3程をたった80mの破砕帯の通過に使ってしまったことになります。

 

 そうした世紀の難工事と呼ばれた関電トンネル、当時は大町トンネルと呼ばれていましたがその完成によって黒部ダムの工事は加速。最終的にはなんとか7年の工期を守り、1961年に送電を開始しました。

 

関電トロリーバスの開業

関電トンネルは中部山岳国立公園の地域内にあります。そのためこのトンネルの建設にあたっては「(ダム工事完了後、登山客などの)一般公衆の利用に供すること」が建設許可の条件となっていました。

メンテナンス用として使われることはあれど、黒部ダムの建設という大目的を果たした後のこのトンネルは、一般公共交通機関向けに活用されることになります。

 

ただし長大なトンネルであることや、自然環境への配慮のため、排気ガスを出す一般の自動車を利用することはできませんでした。

そこで考えられたのがトロリーバスの採用です。

トロリーバスとは電車と同じように頭上の架線から電力を取り、その電力を使って走るバスです。

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見づらくて恐縮ですが、青丸の場所に集電装置、いわゆるパンタグラフが伸びているのが見えるでしょうか。これを上の架線に押し付けて、電力の供給を受けながら走ります。

電車と同じ仕組みですので当然排気ガスはでません。この方式で1964年より関電トンネルトロリーバスの運行が開始します。

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当然といえば当然なのかもしれませんが、本当に電車のようなリニアな動き方をします。信号等の交通ルールも電車と同じ、運転士の免許ももちろん電車の免許が必要です。

つまり、レールがないだけであとはほぼ電車、と思えばほとんど正解です。レールがないため無軌条電車という言い方をします。

 

そのようにして50年以上運行されてきた関電トロリーバスですが、老朽化やランニングコストなどの問題から2018年に現役を引退。54年の歴史に幕を閉じ、翌2019年からは電気バスが走ることになりました。

私個人としては2018年の9月ごろに初めて乗ったのが、結果的には最初で最後になってしまったようです。

 

ちなみにトロリーバス自体は、まだ日本に唯一、もう1路線だけあります。同じく黒部ダム付近で、関電トンネルがある長野側からでなく富山側から黒部へ向かってくる立山トンネルトロリーバスです。これが日本で最後の現役トロリーバスとなっています。

 

関電トンネル電気バス

この関電トロリーバスに変わって採用されたのが今回乗った電気バスになります。

この乗り物は最近では市民権を得てきたいわゆる電気自動車です。

一般的な電気自動車はプラグを差して充電する方式ですが、この電気バスは駅に設置された急速充電器に、車体からパンタグラフを伸ばして急速充電をする仕組みを取っています。

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青丸の部分がパンタグラフ。走行中は畳んであります。天井から下がっているへの字型の充電器から充電されます。

駅に停車しているわずか10分の間に、一気に充電を行うようです。ここ10年ほどの充電技術の向上には目を見張るものがありますね。

電気バスが採用された理由は、やはり第一は排気ガスを出さないこと。トンネルという閉鎖空間と、自然公園内という環境に配慮するためです。

また一般に電気バスの採用が難しいのはエアコンの問題があるのですが(エアコンは莫大な電力を使うため、長距離だと賄えない)関電トンネル内は年中15度程度でエアコンに必要がないこと等があるようです。

 

扇沢駅から

信じられないぐらい前置きが長くなってしまいましたが、一応この記事の主題である関電トンネル電気バスに乗っていきたいと思います。

関電トンネル電気バスは長野県は大町市扇沢駅から乗ることができます。見た目というかその実質はバスの停留所ですが「駅」とついているのはトロリーバス時代の名残です。

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手前に停まっているバスは関係ありません。扇沢駅のホームは地上から数えて3階部分にあります。

扇沢駅には巨大な駐車場が有り、有料から市営無料駐車場まで数百台分は確保されています。ただし行楽シーズンは駐車できず、8kmほど山道を下った駐車場からバス輸送ということもあるようです。

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チケットを買って階段を上がって乗り場へ向かいます。

ちなみに片道距離は6.1km、時間にすると約16分になりますが、その運賃はなんと約1,600円!JR普通列車であれば東京から小田原まで行くことができますね。ちなみに往復だと少々安くなって2610円になります。

もちろんこの路線の特殊性やメンテナンス費用を考えれば致し方有りませんが、何も知らずに来たらちょっとビビりますね。5人組ぐらいのウェイが「どうする?辞める?」と相談していました。ここまで何十キロも山道を走ってきて辞める選択肢はあるのか…?

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 二階は寂れた離島の空港のような雰囲気で、売店やレストランがあります。嫌いじゃないなぁ~この感じ、むしろ好き。

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 レストハウスでは名物ダムカレーも食べることができますよ。ちなみに大町市には他にも両手で数え切れないほどダムカレーを売り出している店があって、それを回るのもまた面白いかもしれません。

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 ロビーにはトロリーバスのハンドルなどが展示されていました。

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乗車

扇沢駅からの出発時刻は日によりますが基本は00分と30分。5分ほど前になると改札が始まります。改札階は2階ですが、更に階段を上がりチケット売り場から数えると3階に上がります。

とはいっても扇沢駅は山肌に寄り添うようにたっているため、ここも地上階だと言えます。バスが走るので当然といえば当然なのですが。

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大体5~6台ぐらいを1編成とし、一斉に出発。ほぼ同時に黒部ダム駅側からも出発し、後ほど紹介しますがトンネル中央部の信号所で離合を行います。

パンタグラフを伸ばして急速充電している様子がよくわかります。このたった数分の充電で往復してしまうのだからすごいものです。

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 駅を出発すると大きくカーブを描きながらどんどん標高を稼いでいき、すぐに関電トンネルに入ります。

 

関電トンネルへ

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窓が開けられていますが、風に当たると寒いほどです。

途中青い光照らされた箇所があります。これが先述の破砕帯であり、この関電トンネル工事で最も苦労した場所であります。

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破砕帯とは、地下水を多く溜め込んだ非常に軟弱な地盤です。建設時、切羽(掘削面)から摂氏4度、毎秒660リットルという猛烈な水や土砂が噴出しました。人が飛ばされるほどの勢いの出水と、相次ぐ崩落。一時期は建設の中止が唱えられました。

しかし、当時としてはまだ珍しかった薬剤注入による地盤固化、水を抜くためのパイロットトンネルの掘削など、様々な技術を駆使してこの軟弱な地盤に立ち向かいます。

厳冬期に入り、出水の量が減ったことも幸いしてなんとかこの破砕帯を突破したのでした。破砕帯突破にかかった時間は7ヶ月、長さはわずか80mほどです。

 

バスに乗って通り過ぎると、よそ見していたら見逃してしまうような、ほんの一瞬です。それだけに当時の苦労が偲ばれます。

 

信号場

破砕帯を抜けるとバスは富山県に入り、その先で信号場に停車します。

トンネルは基本的に1車線分しかありません。そのため黒部ダム駅側から来た車両一行とこの場所ですれ違いと行わなければならないのです。

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 そしてこの信号場では、登り側先頭車両と、下り側最終車両で「運行票」通称タブレットの交換を行います。

ちょっと見づらくて申し訳ないのですが、自車の運転手とすれ違い車両の運転手が何かを手渡しているのがわかるでしょうか。

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 関電アメニックスの公式サイトから写真をお借りしますが、このような「運行票」と呼ばれる札を渡しています。

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www.k-amenix.co.jp

これは鉄道でも同じなのですが、このような単線区間に置いて正面衝突の危険を避けるため、この札を持たないものはそれより先に進めない、という手形のようなものです。

車列の最初の車両、最後の車両でこれを交換することにより、これより進行方向に対向車は来ないということを確認でき、安全な運行が行えるようになる、というわけです。
関電トロリーバスから数えて60年近く、無事故で運行しているこのバスですがこの運行票はそのために不可欠なものだと言えるでしょう。

 

ちなみにその他、最後尾の車両には行き先表示板にこのように関電のマークが表示されています。他車両は「○○行き」といった表示ですが、最後尾であることを表すため、このような表示が行われているようです。

これも安全運行のための対策ですね。

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黒部ダム立山黒部アルペンルート

信号場を超えると次は黒部ダム駅。

この日は生憎の天気でしたが、非常に迫力のある放水を目にすることができました。

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 ちなみに黒部ダムを渡りきり、反対側に行くとケーブルカー乗り場があります。その先ロープウェイやトロリーバスなど、個性豊かな乗り物がまだまだ続くのですが、今回は時間と予算の都合上ここまで。いつか行ってみたいものです。

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 気づいたらかなりテキストリッチな記事になってしまったのでこの辺にしておきたいと思います。

黒部ダムにいくには、関東側の人間にとってはおそらく最もメジャーな手段である関電トンネル電気バスですが、その歴史は非常に興味深いものでした。ただの移動手段としてではなく、そんなバックグラウンドを含めての2,600円なら決して高くないのではないかな、と私は思ったのでした。

しかしまた非常に有意義な体験でした。今度はアルペンルートを制覇してみたいですね。

 

 

おまけ<お土産>

・ハサイダー

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破砕帯から流れる北アルプスの地下水を使ったサイダー。味は「うん、サイダーだね」という感じで特筆するべき点はないのですが、なかなかオシャレなデザインで良いと思います。

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・運行票キーホルダー

電気バスで今も使われている運行票のミニチュアキーホルダー。交通安全のお守りとして売られています。

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